宝当神社(唐津市)とキチガイ家族を紹介

宝当神社(唐津市)とキチガイ家族を紹介

本日は唐津を紹介する。

仕事中ふと思い出した。

そう言えば俺の家族は皆ギャンブルキチガイだったことを。

家族みな貧乏出身で、餃子の王将に行くと(たぶん当時は)150円ギョーザ、300円ラーメン、280円テンシンハン、これら単品を家族4人で分け合う、そんな貧乏家族だった。

もちろん兄貴とは汁の奪い合いで殴り合い。まあそれでも幸せであった。

大人になり、自分で稼ぐようになり、貧乏から少しは脱却した自分が思う、幸せって何か?

お金じゃあない。お金があっても風俗かパチスロしかしない。

つまり贅沢な事しか考えない。

だからお金じゃない。

本当の幸せは家族・仲間がいる事だ。

お金があったら、兄貴とラーメン汁で喧嘩はできなかったはずだ。物の大切さも理解できなかったはずだ。

貧乏生活こそ財産であり、貧乏だからこそ人間力が高まったと思う。(パチンカスなのに上から目線ですまない)

なぜ唐津と家族がギャンキチだったのかを思い出したのかと言うと、週末バイクの修理にて足が無く、超久しぶりに電車に乗り唐津方面へ行った。

同じ福岡市内とは思えない、緑豊かな光景である。

その時に、唐津の地図を見ていた。

唐津は佐賀県であるが、文化は福岡である。

見ての通り、唐津湾はほぼ博多湾であるし、福岡市を超コンパクトにしたフォルムに似ているだろう。

話し方も、ラーメンも、ほぼ福岡と何ら変わりがない。

もちろん私は佐賀が大好きだ。

唐津は佐賀県であるが、佐賀市内とはまた違う。

佐賀市内の方は、福岡で言えば久留米(筑後地方)だ。つまり海岸沿いの唐津からは遠い。南北で真逆である。

そして唐津は、今でいう福岡県糸島市の隣。昔は前原市(まえばる)、志摩町、二丈町だった。これらは福岡地方だ。

だから唐津は佐賀県ではあるが、ほぼ福岡県と思っていいだろう。

唐津も糸島も良い意味で同じ福岡地方。福岡空港と電車で繋がっているのだ。

福岡市西区にある姪浜駅から特急に乗り、唐津方面へ。

玄界灘の海沿いを眺めながら、1時間チョイで東唐津駅をおりると、なんとタイミングが合えば奇跡!唐津競艇の無料バスがお出迎えである。

適当に乗れば、1000円分の舟券を買う事により電車代もキャッシュバックだ。電車賃は1300円程だったと思う。

是非本州から福岡に旅行でも遊び来た他県の方たちは、唐津に遊びに行って欲しい。

さて、私の家族のキチガイ話であるが、昨日私が唐津に行ったわけではない。

唐津の思い出を語りたくなった。

そんな唐津市には

「宝当神社」

(ホウトウ神社)

という神社があるのだ。

Wikipediaより

寳當神社、宝当神社(ほうとうじんじゃ)

海賊退治を行い島を守り、天正13年(1586年)この島で亡くなった野崎隠岐守綱吉を奉った神社で、明和5年(1768年)に建立された。

1990年代にある住民が宝くじを購入した際、神社名にあやかりこの神社に当選を祈願したところ高額当選した事をきっかけに、「この神社に祈願すれば宝くじが当たる」という評判が立つようになった。

この神社が有名になる前には、唐津から高島にわたる高島航路は住民と釣り人や教師などが乗船するのみであった。

唐津湾に浮かんでいる島なのであるが、船に乗って行くことができる。

その名の通り、宝くじが当たるという事で有名な神社である。

パチスロ勝ち組のあなたや、お金持ち出身のおぼっちゃまくんたちには理解できないであろう。

 

貧乏人のキチガイたちが、

宝くじを持参し、

神にすがる光景は

驚愕である。

 

まさに鉄火場。

パチスロの激熱イベントかと思うほどの来島客。

 

海賊から日本・唐津を守るために殉職した偉人を祀っているのに、今では「宝くじ当たれ!10億当たれ!!!」と己の欲望を満たす為にキチガイが集まる罰当たりな神社と言っていいだろう。

 

この唐津海岸~福岡の海岸一帯は、元寇防塁で朝鮮軍、モンゴル軍との戦があった場所である。

モンゴル軍が日本を侵略しようと九州北部に襲い掛かってきたが、神風が吹いて日本を守った神話だ。(諸説あり)

 

 

このように唐津の地図を見て思い出したのは、なんと私が小学生の頃、家族全員でこの宝当神社に行ったのだった。

 

当時、父親は究極のギャンブル中毒であり借金が800万円あったことを告白している。

私は間違いなく小学生だった。27.8年前ほどだろうか、1990年代。

 

父が病気になり家族で職を求め福岡にやってきた。ひもじい生活だったはずなのに、そういえば家に宝くじ(年末ジャンボ、グリーンジャンボ、サマージャンボ)などがめちゃくちゃ隠されていたのを覚えている。

食器棚のありとあらゆる隙間に、○○ジャンボがあった。

 

つまり、ウィキペディアにもあるように、1990年代に島の住民が宝くじを当て、ニュースか新聞になったのか知らんがそれを見た私の家族が

 

「よし!うちも宝くじを当てよう!宝当神社にいくぞ!!!」

 

となったのだ。

 

完全にキチっている。

 

生まれるべくして生まれた、私はキチガイパチンカスだったのか?運命には逆らえない。

 

私が小さい頃、家族で唐津の宝当神社に何度も行っていた記憶が今ここに蘇った。

 

ギャンブル嫌いな厳しいオカンも、キチオヤジと共に宝当神社の神に祈っていたと思うと涙が出てきた。

 

自分にも他人にも厳しいオカンは、なぜか宝くじだけは許していた。1億円を夢見ていた。

 

オカンはパチンコ・パチスロ・競馬・競艇には強烈なアレルギーを起こすのに、なぜ還元率が低い宝くじだけは許せるのか?

 

理解できない。

 

まあそういう小話であった。

 

以上。

パチンカスの言葉:近くの青より遠くの緑を見よう。

意味:スマホやパソコンやパチスロのビカビカ光のブルーライトばかり見るのではなく、自然の山・森の緑を見に行こうという意味。